♯19

こうふジョーKOFU JO
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山梨県「甲府城」
  • 別名:舞鶴城
  • 所在地:山梨県甲府市丸の内1-5-4ほか
  • 築城年:天正~慶⾧年間(1590 年代)
  • 築城者:平岩親吉、羽柴秀勝、加藤光泰、浅野⾧政・幸⾧

一条小山と呼ばれる独立した丘陵に築かれた甲府城。甲斐・信濃等を支配した戦国大名武田氏の滅亡後に、平岩親吉、羽柴秀勝、加藤光泰らにより築城が開始され、浅野⾧政・幸⾧父子の手によって完成されたと考えられています。

内城の全周は堀で囲われ、もとは総面積約18㏊を測る大規模な城でした。自然石をバランスよく積み上げた築城期の野面積み石垣は、天守台・本丸・稲荷櫓を中心に、その特徴を大変良好に伝える東日本有数の城です。

豊臣政権時には徳川家康を牽制する要所として重視されましたが、江戸時代の始めには、将軍家一門が城主となる特別な城でした。その後、柳沢吉保が徳川親藩以外で初めて城主となって入城。城の拡張と修築が行われ、城下町と共に大きく発展しましたが、子の吉里が大和郡山へ移された後は、幕末まで幕府の直轄地となりました。

明治時代になると、内城以外は市街地化することが決まり、明治37年(1904年)には本丸周辺が舞鶴公園として開放されました。その後、昭和39年(1964年)には都市公園「舞鶴城公園」となり、現在は憩いの場として親しまれています。

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